たまりば

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Posted by たまりば運営事務局  at 

2016年07月16日

本妻と妾

とあるブログを、初めて読んだ。
素晴らしく文章がキリリと冴え渡っていた。
思考回路、目線にしびれた。
それよりも、なによりも、表現の仕方よりも、中身。
お料理も見かけも大事だが味。人間も然り。
その中の、「雀のお宿」の、本当は怖いグリム童話?日本昔話版を読んで、無性に書きたくなった。

本妻と妾。
妻妾同居は、かつて、国の福祉政策代わりに、おカネのある人がやっていた。
国家のおカネを歳出するのではなく、個人のおカネで救済していたと見る。
まあ、それはよいとしよう。(よくないが)

女性が夫と男妾と同居している例は、あまりない。
文豪同士で、元女房をやりとり、交換していた例はあるようだが。
芸術家の岡本太郎のお母さんも、あっちへ行ったり、こっちへ来たりして、芸術を爆発させる元を作っていたのか?
一人の女性に複数の男性。重複?同時進行型。

まあ、それはよいとしよう。(人は人)

愛を勝ち取るための、冷静な戦略。
これは、すごい。
愛でなくても、国盗り物語風の、国家戦略とか、逆に、国を牛耳るための策略とか、
自分の思いを遂げようとすると、情熱だけではなく、知恵と理性と策略と実践力がいる。
強力な優秀ブレーンがいると五重マル。

一時の嫉妬や激情に振り回され、理性を失うのではなく、じっくり自分のもとに夫が帰ってくるような冷静な判断ができる思慮の深さこそ、
これがホンモノの愛だ!!なんてことになるのだろうけれど。
わたしは、策略を練る余裕のある(男女の)愛なんて、クビをかしげる。
愛は常に狂気を伴うものだと思っているからだ。
冷静な慈愛に満ちた愛は、男女間の愛には、ちょっと違和感を感じる。
恋のライバルを蹴落とす方法を、刃を研いで練る、というのも、わからないでもないが。
策略を練るシーンとしては、わら人形系がぴったり、しっくりする。

まあ、それはよいとしよう。

自分のもとに戻ってくるための、緻密な計画を練り、冷静沈着な人って、怖くないか?
善人なのか?
(確かにヨミは鋭いが)
しかも、良い人、素晴らしい人、よく耐えた人、という絶賛評価つき。
狂って、はちゃめちゃしている人のほうが、人間らしくてかわいいような気もする。

物語は、たいがい、「頑張った人にご褒美」というコースが用意されている。
そのほうが、読む人が安心するからだろう。
自分が辛い立場にあっても、地道に努力を続けていると、神様が見てくれている、と思いたい。
うまいことやった、要領の良い人が、のうのうと幸せをつかむストーリーは、不公平で腹が立つに違いない。

なので、気の毒だった人が、頑張って、乗り越えて幸せになる筋書きに、人は惹かれるようだ。
意地悪人間が、はじめは勝っていても最後は、負ける、そういうのが好きらしい。
水戸黄門さま的勧善懲悪が、日本人は、毎日の安心ご飯か。

まあ、それはよいとしよう。

賢い知恵者に対して、いささかの胡散臭さを感じてしまう。
それもそうだが、雀のお宿(本当は怖いグリム童話?日本昔話版)の、最後は奥さんのもとに帰ってくる夫、
このハナシ、出来すぎ。
元妾はもちろんのこと、奥さんにも見放されるほうが、ハナシとしては現実味があり、活気があると思う。

「あんた、いらん。お払い箱」
ぽいっ。

そこからストーリーが始まるほうが、面白い。

(いまや、そういうのも、斬新さや新鮮さに欠けるかも知れないが)


ふと思った。
カネ目当ての元妾が、とっとと逃げていった、あの展開、
「カネ目当ての妻がとっとと逃げていった」にすると、笑うに笑えない、ストーリーになるのだろう。
(第一生命のサラリーマン川柳で優秀作品があった。
「退職金もらった瞬間、妻ドローン」)

元妾は、カネ目当てではなく、愛情を抱いていたとすると、これまた平凡な、お仕着せ倫理ストーリーになって、温度が下がる気がする。
愛情ではない、なにか、ということにすると????
なにか、って、なに?

いったい、どんな展開がいいって言いたいの?と自己ツッコミ。
う~ん???
人の数だけ人生はあるけれど、読み物と現実は交差してるのか?

みなさん、自己責任で各々の幸福を追究してください。  


  • Posted by buteay  at 14:32Comments(0)

    2016年04月15日

    鼻から花へと

    気持ちのよい晴れ。
     はらはらと散る花びらの下を……というより、散った花びらの上を、真新しい靴を履いた一年生が歩いて行くのを見て、やっぱり春っていいなと思う散歩の途中。
     
     犬と歩いていると、地面近くに咲く草花が目に入る。タンポポやオオイヌノフグリやカラスノエンドウの花が咲いていて、スギナが黄緑色に茂っているのがきれいだ。ツツジの木陰にはドクダミの葉を見つけ、見ただけでその香りツンと匂ってくるような気がした。
     
     春になると、梅だ桜だと木を見上げるけれど、子供の頃には見た覚えがあまりないのは、視線がいつも低かったからなんだろうか。木の花といえばせいぜいツツジか沈丁花か、クチナシや紫陽花(名前を知っていたというより、その木を知っていたという意味で)だったのも、そのせいなんじゃないかと思う活出生命
     
     目の高さだけではなく、複雑な想いの絡まない単純な記憶には、香りが大きな役割を果たしていたのかもしれない。というのも先日、海南鶏飯を食べに行ったのだが、見た目は「ああそうそう、こんな感じだったわね」というくらいだったのに、ご飯を一口食べた時の、口の中に広がる香りがもう強烈に懐かしくて、タイムスリップしたような気さえしたのだ王賜豪總裁

    先に書いた子供の頃から知っている木々にも、香りがある。沈丁花やクチナシには独特の強い香りがあるし、ツツジは花を口に含んだ時に鼻に抜ける香りを覚えている。紫陽花はちょっと違うけれど、そうそう、キンモクセイも香りで覚えたのだ。
     香りといえば、街を歩いていて誰かとすれ違った時に、その人の付けている人工的な香りで誰かを鮮やかに思い出すということもあったりする。香りの力ってすごいわ。
     
     わたしにとって桜が特別になったのは、ここ十数年のことだ。でもそこに香りの記憶はないから、香りでは、桜を思い出さない。たまに「桜の香り」っていう香りのものがあるけれども、あれにはなんの力もないSEO網站優化。  


  • Posted by buteay  at 10:59Comments(0)

    2016年03月29日

    終わり

     大学生活が終わったら同時に終わることがいくつかある。

    長期夏休みとか、課題とか、色々…

     しかし、自分として一番嬉しいのはもう「アルバイト」をしなくても良くなったこと。

    自分の仕事は勉強することで、傍らアルバイトもします、みたいな感じではない。

    一つのことだけが自分の仕事であるということに対する解放感は普通の人は分からないかもしれない。今までどんだけ長い間サービス業でやられてきたのか…

     アルバイトでただ苦労しただけではない。何かしら成長は成し遂げたと思う。人間関係の調節やら、変な人の対処法やら、訳の分からない上司のしつけ方やら…と色々。

     とにかく今日で本当に飲食業は終わりだ!卒業だ!もう二度としない。十分やった!  


  • Posted by buteay  at 22:32Comments(0)